【“こじれる親子関係”に悩む親御さんのために・その1】:「二つの“言葉がけ”の違い」を知っておきましょう。

ODAN:海辺を歩く親子 子育て支援

親子関係こじれてしまう原因は様々です。今回はそのなかでも、親子の間で、コミュニケーションの「ずれ」が起きてしまう「原因」について、考えてみました。

特に、子どもに働きかける「言葉がけ」が引き起こす「問題」を、具体的な例を挙げながら検討しています。ご参考になればと思います。

はじめに。

親御さんから持ち込まれる「親子関係」の相談の多くは、「親と子どもの関係の“こじれ”」にまつわるものです。

特に、子どもに対して「“言葉”による働きかけ」をしたときに、親子間でいつも喧嘩になってしまって、悩まれているという親御さんからの相談を受けることがあります。

そこで今回は、その「原因」として考えられる、親子の間での「コミュニケーションの“ずれ”」について、具体的な例を挙げながら考えてみることにしました。

子どもへの「働きかけ」によって、関係がこじれてしまう原因は…?

子ども「しつけ」をする場合、子ともに対して「言葉」を使って「働きかけ」をします。

このときのが発する「言葉がけ」は、大きく「2つ」に分けられます。

一つは、「“指示・命令”の言葉がけ」で、もう一つは、「“助言・忠告”の言葉がけ」です。

結論的に言えば、この「“2つ”の言葉がけ」「混同」して使ってしまったり、子ども意図とは違うものとして受け取ってしまったりした結果、親子間のコミュニケーションに「ずれ」が生じて、親子喧嘩やトラブルとなってしまうのです。

このことを理解して頂くために、この「“2つ”の言葉がけ」「違い」について、整理することから始めましょう。

「“指示・命令”の言葉がけ」とは…?

「“指示・命令”の言葉がけ」とは、意図して発した「言葉」どおりに、子ども行動させるための「言葉がけ」です。

例えば、親が子どもに対して

  • 「他人の物を盗んではいけません。」
  • 「横断歩道を渡るときは、いったん止まって、左右を確認しなさい。」

などが、この「“指示・命令”の言葉がけ」に当たります。

がこの「“指示・命令”の言葉がけ」子どもに対して発するときは、「指示・命令」どおりに、絶対に子どもを行動させたいが思うときです。

言われた子どもは、からの「指示・命令」どおりに、絶対に行動しなければならず、それ以外の行動を自分は取ることができないのだと、理解しなければなりません。

それが「指示・命令」というものです。

握りこぶしを寄せる

このことは、「子どもが取る行動を、誰が決めるか?」と考えると、分かりやすと思います。

「“指示・命令”の言葉がけ」では、子ども「どのように行動するか?」についての「行動の“決定権”」を、が握っています。

言い換えれば、「“指示・命令”の言葉がけ」が出したとき、それを聞いた子どもは、自分がどのようにその後行動するかという「行動の“決定権子どもにありません。

子どもから言われたとおりに行動するしかないのです。

「“助言・忠告”の言葉がけ」とは…?

子ども「行動の“決定権”」観点で考えてみると、「“助言・忠告”の言葉がけ」は、どのようになるでしょうか。

もうお分かりのように、「“助言・忠告”の言葉がけ」では、が発した「助言・忠告」子どもが受けたあとに、子どもが実際にとる「行動の“決定権”」は、「子ども」が握っています。

例えば、親が子どもに対して

  • 「これまでに何度も、この店で買った宝くじで大当たりをしたから、お前も宝くじを買うのなら、絶対にこのお店で買うといいよ。」
  • 「お前が楽しみにしていたスポーツの実況中継が始まるよ。すぐに来ないと試合を最初から見られなくなるよ。だから、今すぐに携帯ゲームを止めて、こっちに来てライブ中継を見るといいよ。」

などは、この「“助言・忠告”の言葉がけ」の当たります。

なぜならば、子どもからのこのような「“助言・忠告”の言葉がけ」を聞いたあと、子どもはそのとおりに実行するかもしれませんし、実行しないかもしれないからです。

子どもが「自分の行動をどうするか?」という「行動の“決定権”」を、「子ども」が握っているとは、まさにこのことを言っています。

に何と言われても、子どもが自分の行動をどうするかと言うことを最終的に決めるのは、「その子ども自身」なのです。

行動の「結果」に対する「責任」は、誰が負うのか?

「行動の決定権を“誰が握っているか?」と言うことは、「その行動によってその後に引き起こされた”結果に対しての「責任」を、「“誰が負うのか?」と言うことに関係してきます。

子どもに対して「“指示・命令”の言葉がけ」を発したときは、それを聞いた子ども言ったとおりの行動行わなければなりません。

と言うことは、子どもからの「“指示・命令”の言葉がけ」どおりの「行動」を取ったことで起きた「結果」に対する「責任」も、「親」負わなければならないことになります。

つまり、「行動の“決定権”を持っている人が、その行動によって引き起こされた“結果に対しての“責任を負う」と言うことが、大原則です。

「“指示・命令”の言葉がけ」では、子ども「行動の“決定権”」握っていますから、その子ども「行動」によって引き起こされた「結果」「責任」も、「親」が負うことになるのです。

植物とレター

これに対して、子どもに対して「“助言・忠告”の言葉がけ」を発したときは、それによって引き起こされた「結果」に対する「責任」はどのようになるでしょうか。

この場合は、からの「言葉がけ」子どもが聞いたとしても、子どもが実際に取る自分の「行動の“決定権”」は、その「子ども」にあります。

そのため、子どもが実際に取った自分の「行動」によって引き起こされた「結果」に対して、その子ども自身が、その「責任」負わなければならないことになるのです。

「“助言・忠告”の言葉がけ」の注意点とは…?

ここには注意しなければならないポイントがあります。

それは、の発する「“指示・命令”の言葉がけ」に対して、子どもが結果的に「従った」としても、「従わなかった」としても、子どもが自分の「行動」を最終的に決定したのは「子ども」自身であったため、子どもが実際に取った「行動」によって引き起こされた「結果」に対する「責任」も、その「子ども」自身が負わなければならないと点です。

例えば、先ほどの「“助言・忠告”の言葉がけ」で取り上げた例で考えてみましょう。

子どもからの「“助言・忠告”の言葉がけ」に:

  • 「従ったとき」子どもが「親から勧められたお店で宝くじを買ったが、その宝くじが当たらなかった」としても、子どもは「宝くじがあたらなかったぞ!」などと文句は言えない

と言うことになります。

「“助言・忠告”の言葉がけ」を聞き取った子どもの場合、自分の実際に取った「行動」によって引き起こされた「結果」によって被った不利益に対して、子ども不満をぶつけらないのです。

なぜなら、子どもは自分の「行動の“決定権子ども自身が握っているので、自分の「行動」を自分自身で決めることができたため、自分で決めて行った「行動」によって引き起こされた「結果」に対する「責任」も、子ども自身が負わなければならないからです。

植物と時計
  • 「従わなかったとき」子どもが「すぐに携帯ゲームを止めずに、しばらく経ってから試合を見たので、その試合のドラマチックな場面を見損なってしまった」としても、が「もっとしっかり子どもに言ってやれば、子どもはドラマチックな場面が見られたのに…。子どもに感動的な場面を見せてあげられなくて申し訳ない」などと思って、自分自身責める必要はない

と言うことになります。

が発する「“助言・忠告”の言葉がけ」を聞き取ったあとに、子どもが実際に取った「行動」によって引き起こされた「結果」が、子どもにとって不利益なことであったとして、そのことで「責任」が感じる必要はないのです。

なぜなら、“助言・忠告”の言葉がけ」を聞いた子どもが、そのあと自分がどうするかを決める「行動の“決定権”」を握っているわけですから、自分で決めた「行動」によって引き起こされた「結果」に対しても、その子ども自身が負わなければならないからです。

“助言・忠告”の言葉がけ」を発したあとであれば、たとえ自分の子どもが起きした「問題」であったとしても、その「結果」に対する「責任」を、が負う必要はないのです。

“まとめ”ましょう。

「“指示・命令”の言葉がけ」を発したときに、「意図」子ども「ずれ」て伝わっているわけではありません

子どもが言っていることが“指示・命令”であるということを、ちゃんと分かっているものです。

そのため、今回取り上げているような親子間での「コミュニケーションの“ずれ”」は、起きません

「“指示・命令”の言葉がけ」を使ったときにの抱える「問題」は、「どうすれば、親の言ったとおりに、子どもを行動させることができるか?」と言うことでしょう。

確かにこの問題も、にとっては大きな問題に違いありません。

しかし今回は、親子間での「コミュニケーションの“ずれ”」によって起きてしまう喧嘩やトラブルを扱っていますから、今回は「“指示・命令”の言葉がけ」によって起きる親子間の喧嘩やトラブルは扱いません

すると、今回扱っている「2つの“言葉がけ”」にまつわる親子間の喧嘩やトラブルは、子どもに対して「“助言・忠告”の言葉がけ」発したあとに起きる「問題」になります。

子どもに対して、「こうさせたい」「こうしたほうが良い」「こうあってほしい」といった強い“思い”を込めて、「“言葉”による“働きかけ”」をするものです。

しかしながら、その「言葉がけ」「“助言・忠告”の言葉がけ」としてから発せられたとすれば、それを聞いた子どもがその「言葉がけ」を受け入れて、その「言葉がけ」どおりに実施する場合もありますが、その「言葉がけ」どおりに実施しない場合もあります。

なぜなら、「“助言・忠告”の言葉がけ」の場合は、それを聞いた子どもに、自分の「行動の“決定権”」があるからです。

このように考えると、「言葉がけ」による親子間「ずれ」が起きないようにするためには、まずは「言葉がけ」を発する自身が、「自分は今回、どちらの“言葉がけ”を子どもに対して行おうとしているのか?」自覚したうえで、子どもに対して「言葉がけ」を行うことが大切なのだということが分かります。

最後に一言:「“2つの言葉がけ”の“違い”を自覚する」ことは、対人関係のトラブルを回避することにも役立ちます。

この「“助言・忠告”の言葉がけ」に関わる「問題」は、親子間でだけではなく、日常生活場面での対人関係でも起こります。

アドバイス

例えば、友人後輩に対してあなた「何らかの“アドバイス”」をしたときに起きる「問題」が、まさに“これに当たります。

相談室の持ち込まれるクライエントさんからの悩みの一つに、「私が“その人のためを思って、“こうやったらいいんじゃないの?”とアドバイスしてあげたのに、“その人が私の言ったとおりにしてくれないのです。とっても不満を感じるのですが、どうしたらいいのでしょうか?」というものがあります。

もうお分かりのように、このクライエントさんは「その人」に対して「“助言・忠告”の言葉がけ」としてアドバイスしたのだとしたら(もっとも、アドバイスというものは、“助言・忠告”なのですが…)、このクライエントさん「私のアドバイスどおりにやってくれない!」と言って、不満怒りを感じること自体が誤りなのです。

いくらあなた「その人」のためを思って最適なアドバイスしてあげたとしても、そのアドバイスとおりに実行するかどうかという「行動の“決定権”」は、「その人」が握っています。

ですから、その人が実際に取った「行動」に対して、あなたイライラしたり不満に思ったりすること自体が、“筋違い”なことなのです。

このように考えると、対人関係におけるトラブル回避するための方法の一つとして、「自分が発する他人に対する“言葉がけ”」が、「“指示・命令”の言葉がけ」なのか、それとも「“助言・忠告”の言葉がけ」認識することが、とても重要なのだということをお分かり頂けるのではないかと思うのです。

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