親子関係がこじれてしまう原因は様々です。今回はそのなかでも、親子の間で、コミュニケーションの「ずれ」が起きてしまう「原因」について、考えてみました。
特に、親が子どもに働きかける「言葉がけ」が引き起こす「問題」を、具体的な例を挙げながら検討しています。ご参考になればと思います。
はじめに。
親御さんから持ち込まれる「親子関係」の相談の多くは、「親と子どもの関係の“こじれ”」にまつわるものです。
特に、親が子どもに対して「“言葉”による働きかけ」をしたときに、親子間でいつも喧嘩になってしまって、悩まれているという親御さんからの相談を受けることがあります。
そこで今回は、その「原因」として考えられる、親子の間での「コミュニケーションの“ずれ”」について、具体的な例を挙げながら考えてみることにしました。
子どもへの「働きかけ」によって、関係がこじれてしまう原因は…?
親が子どもに「しつけ」をする場合、親は子ともに対して「言葉」を使って「働きかけ」をします。
このときの親が発する「言葉がけ」は、大きく「2つ」に分けられます。
一つは、「“指示・命令”の言葉がけ」で、もう一つは、「“助言・忠告”の言葉がけ」です。
結論的に言えば、この「“2つ”の言葉がけ」を親が「混同」して使ってしまったり、子どもが親の意図とは違うものとして受け取ってしまったりした結果、親子間のコミュニケーションに「ずれ」が生じて、親子喧嘩やトラブルとなってしまうのです。
このことを理解して頂くために、この「“2つ”の言葉がけ」の「違い」について、整理することから始めましょう。
「“指示・命令”の言葉がけ」とは…?
「“指示・命令”の言葉がけ」とは、親が意図して発した「言葉」どおりに、子どもを行動させるための「言葉がけ」です。
例えば、親が子どもに対して:
- 「他人の物を盗んではいけません。」
- 「横断歩道を渡るときは、いったん止まって、左右を確認しなさい。」
などが、この「“指示・命令”の言葉がけ」に当たります。
親がこの「“指示・命令”の言葉がけ」を子どもに対して発するときは、親の「指示・命令」どおりに、絶対に子どもを行動させたいと親が思うときです。
言われた子どもは、親からの「指示・命令」どおりに、絶対に行動しなければならず、それ以外の行動を自分は取ることができないのだと、理解しなければなりません。
それが「指示・命令」というものです。

このことは、「子どもが取る行動を、誰が決めるか?」と考えると、分かりやすと思います。
「“指示・命令”の言葉がけ」では、子どもが「どのように行動するか?」についての「行動の“決定権”」を、親が握っています。
言い換えれば、「“指示・命令”の言葉がけ」を親が出したとき、それを聞いた子どもは、自分がどのようにその後行動するかという「行動の“決定権”」は子どもになく、子どもは親から言われたとおりに行動するしかないのです。
「“助言・忠告”の言葉がけ」とは…?
子どもの「行動の“決定権”」の観点で考えてみると、「“助言・忠告”の言葉がけ」は、どのようになるでしょうか。
もうお分かりのように、「“助言・忠告”の言葉がけ」では、親が発した「助言・忠告」を子どもが受けたあとの、子どもがその後実際にとる「行動の“決定権”」は、「子ども」になります。
例えば、親が子どもに対して:
- 「これまでに何度も、この店で買った宝くじで大当たりをしたから、お前も宝くじを買うのなら、絶対にこのお店で買うといいよ。」
- 「お前が楽しみにしていたスポーツの実況中継が始まるよ。すぐに来ないと試合を最初から見られなくなるよ。だから、今すぐに携帯ゲームを止めて、こっちに来てライブ中継を見るといいよ。」
などは、この「“助言・忠告”の言葉がけ」の当たります。
なぜならば、子どもは親からのこのような「“助言・忠告”の言葉がけ」を聞いたあと、子どもはそのとおりに実行するかもしれませんし、実行しないかもしれません。
子どもが「自分の行動をどうするか?」という「行動の“決定権”」が、「子ども」にあるとは、まさにこのことを言っています。
親に何と言われても、子どもが自分の行動をどうするかと言うことを最終的に決めるのは、「その子ども自身」なのです。
行動の「結果」に対する「責任」は、誰が負うのか?
「行動の“決定権”を誰が持つか?」と言うことは、「その行動によってその後に引き起こされた”結果“」に対しての「責任」を、「誰が負うのか?」と言うことに関係してきます。
親が子どもに対して「“指示・命令”の言葉がけ」を発したときは、それを聞いた子どもは親の言ったとおりの行動を行わなければなりません。
と言うことは、子どもが親からの「“指示・命令”の言葉がけ」どおりの「行動」を取ったことで起きた「結果」に対する「責任」も、「親」が負わなければならないことになります。
つまり、「行動の“決定権”を持っている人が、その行動によって引き起こされた“結果”に対しての“責任”を負う」と言うことが、大原則です。
「“指示・命令”の言葉がけ」では、子どもの「行動の“決定権”」を親が握っていますから、その子どもの「行動」によって引き起こされた「結果」の「責任」も、「親」が負うことになります。

これに対して、親が子どもに対して「“助言・忠告”の言葉がけ」を発したときは、それによって引き起こされた「結果」に対する「責任」はどのようになるでしょうか。
この場合は、親からの「言葉がけ」を子どもが聞いたとしても、子どもが実際に取る自分の「行動の“決定権”」は、その「子ども」にあります。
そのため、子どもが実際に取った自分の「行動」によって引き起こされた「結果」に対して、その子ども自身が、その「責任」を負わなければならないことになるのです。
「“助言・忠告”の言葉がけ」の注意点とは…?
とても大切なポイントがあります。
それは、親の発する「“指示・命令”の言葉がけ」に対して、子どもが結果的に「従った」としても、「従わなかった」としても、子どもが自分の「行動」を最終的に決定したのは「子ども」自身であったため、子どもが実際に取った「行動」によって引き起こされた「結果」に対する「責任」も、その「子ども」自身が負わなければならないと言うことです。
例えば、先ほどの「“助言・忠告”の言葉がけ」で取り上げた例で考えてみましょう。
子どもが親からの「“助言・忠告”の言葉がけ」に:
- 「従ったとき」…子どもが「親から勧められたお店で宝くじを買ったが、その宝くじが当たらなかった」としても、子どもは「宝くじがあたらなかったぞ!」などと親に文句は言えない。
と言うことになります。
「“助言・忠告”の言葉がけ」を聞き取った子どもの場合、自分の実際に取った「行動」によって引き起こされた「結果」によって被った不利益に対して、子どもは親に不満をぶつけらないのです。
なぜなら、子どもは自分の「行動の“決定権”」を子ども自身が握っているので、自分の「行動」を自分自身で決めることができるため、自分で決めて行った「行動」によって引き起こされた「結果」に対する「責任」は、子ども自身が負わなければならないのです。

- 「従わなかったとき」…子どもが「すぐに携帯ゲームを止めずに、しばらく経ってから試合を見たので、その試合のドラマチックな場面を見損なってしまった」としても、親が「もっとしっかり子どもに言ってやれば、子どもはドラマチックな場面が見られたのに…。子どもに感動的な場面を見せてあげられなくて申し訳ない」などと思って、親が自分自身を責める必要はない。
と言うことになります。
親が発する「“助言・忠告”の言葉がけ」を聞き取ったあとに、子どもが実際に取った「行動」によって引き起こされた「結果」が、子どもにとって不利益なことであっても、親はそのことで「責任」を感じる必要はないのです。
なぜなら、「“助言・忠告”の言葉がけ」を聞いた子どもが、そのあと自分がどうするかを決める「行動の“決定権”」を握っているわけですから、自分で決めた「行動」によって引き起こされた「結果」に対しても、その子ども自身が負わなければならないのです。
たとえ自分の子どもが起きした「問題」であったとしても、その「結果」に対する「責任」を、親が負う必要はないのです。
“まとめ”ましょう。
親が「“指示・命令”の言葉がけ」を発したときに、親の意図が子どもに「ずれ」て伝わっているわけではありません。
子どもは親が言っていることが“指示・命令”であるということを、ちゃんと分かっているのです。
そのため、今回取り上げているような親子間での「コミュニケーションの“ずれ”」は、起きません。
「“指示・命令”の言葉がけ」を使ったときに親の抱える「問題」は、「どうすれば、親の言ったとおりに、子どもを行動させることができるか?」と言うことに関わるものです。
確かにこの問題も、親の抱える大きな問題に違いありません。
しかし今回は、親子間での「コミュニケーションの“ずれ”」によって起きてしまう喧嘩やトラブルを扱っていますから、今回は「“指示・命令”の言葉がけ」によって起きる親子間の喧嘩やトラブルは扱いません。
すると、今回扱っている「2つの“言葉がけ”」にまつわる親子間の喧嘩やトラブルは、親が子どもに対して「“助言・忠告”の言葉がけ」を発した後に起きる「問題」になります。

親は子どもに対して、「こうさせたい」「こうしたほうが良い」「こうあってほしい」といった強い“思い”を込めて、「“言葉”による“働きかけ”」をするものです。
しかしながら、その「言葉がけ」が「“助言・忠告”の言葉がけ」として親から発っしられていたとすれば、それを聞いた子どもがその「言葉がけ」を受け入れて、その「言葉がけ」どおりに実施する場合もありますが、その「言葉がけ」どおりに実施しない場合もあるのです。
なぜなら、「“助言・忠告”の言葉がけ」の場合は、それを聞いた子どもに、自分の「行動の“決定権”」があるからです。
このように考えると、「言葉がけ」による親子間の「ずれ」が起きないようにするためには、まずは「言葉がけ」を発する親自身が、「自分は今回、どちらの“言葉がけ”を子どもに対して行おうとしているのか?」を自覚したうえで、子どもに対して「言葉がけ」を行うことが大切なのだということが分かります。
最後に…:「“2つの言葉がけ”の“違い”を自覚する」ことは、対人関係のトラブルを回避することにも役立ちます。
なお、この「“助言・忠告”の言葉がけ」に関わる「問題」は、親子間でだけではなく、日常生活場面での対人関係でも起こります。

例えば、友人や後輩に対してあなたが「何らかの“アドバイス”」したときに起きる「問題」が、まさに“これ”に当たります。
相談室の持ち込まれるクライエントさんからの悩みの一つに、「私が“その人”のためを思って、“こうやったらいいんじゃないの?”とアドバイスしてあげたのに、“その人”が私の言ったとおりにしてくれないのです。とっても困っているのですが、どうしたらいいのでしょうか?」というものがあります。
もうお分かりのように、このクライエントさんは、「その人」に対して「“助言・忠告”の言葉がけ」としてアドバイスしたのだとしたら(もっとも、アドバイスというものは、“助言・忠告”なのですが…)、このクライエントさんが「私のアドバイスどおりにやってくれない!」と言って、不満や怒りを感じること自体が誤りなのです。
いくらあなたが「その人」のためを思って最適なアドバイスしてあげたとしても、そのアドバイスとおりに実行するかどうかという「行動の“決定権”」は、「その人」にあります。
ですから、その人が実際に取った「行動」に対して、あなたがイライラしたり不満に思ったりすること自体が、“筋違い”なことなのです。
このように考えると、対人関係におけるトラブルを回避するための方法の一つとして、「自分が発する他人に対する“言葉がけ”」が、「“指示・命令”の言葉がけ」なのか、それとも「“助言・忠告”の言葉がけ」を認識することが、とても重要なのだということをお分かり頂けるのではないかと思います。
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