前回の「ブログ:その1」では、親が子どもに対して「“言葉”による“働きかけ”」をしたときに、親子間でトラブルが起きてしまう「原因」を考えてみました。
それは、親が発する「言葉がけ」には、「“指示・命令”の言葉がけ」と「“助言・忠告”の言葉がけ」があるが、実際に親が子どもに「言葉がけ」をするときに、親がその「“2つ言葉がけ”の違い」を無自覚なままに発してしまうことが、トラブルの「原因」であると指摘しました。
この「ブログ:その2」では、この問題をさらに掘り下げて考えてみましょう。
はじめに。
「ブログ:その1」では、親が子どもに「言葉による“働きかけ”」を発したしたあとに、親子間でトラブルになってしまう「原因」の一つに、「“指示・命令”の言葉がけ」と「“助言・忠告”の言葉がけ」との「混同」があることを指摘しました。
この「2つの“言葉がけ”」の違いを、再度確認しておきましょう。
- 「“指示・命令”の言葉がけ」……親が子どもに発した「言葉がけ」どおりに、子どもに実行させる「責任」は親にあり、そのことで生じた「結果」に対する「責任」も親がを負うものである。
というものでした。
- 「“助言・忠告”の言葉がけ」……親が発した「言葉がけ」どおりに子どもが実行するかしないかを決める「行動の“決定権”」は、子ども自身にある。そのため、子どもがそのとおりに実行してもしなくても、そのことで生じた「結果」に対する「責任」は、「言葉がけ」を発した親にはあるのではなく、その子どもにある。
というものでした。
本来は、この「2つの“言葉がけ”」の違いは、とても明快なものです。
ところが、実際の親子関係では、どうして喧嘩やトラブルになってしまうのでしょうか。
今回はこの問題について、「傘を持って行ったほうがいいよ」という「言葉がけ」を例に使って、さらに検討してみることにします。
「傘を持って行ったほうがいいよ」という“アドバイス”をめぐって。
今回ここで検討する「事例」は、親が:

朝の空模様や天気予報から、「雨が降るといけないので、今日は傘を持って行ったほうがいいよ」と、子どもに「言葉がけ」をする。
この「言葉がけ」を、子どもに発したことにまつわる親子間でのトラブルです。
前回「ブログ:その1」の最後で、「コミュニケーションの“ずれ”」を回避するための方法を明示しました。
それは:
- 2つある「言葉がけ」のうちの、どちらの「言葉がけ」を自分が発しているのかについて、「言葉がけ」を発する人が、自覚的であること。
ということでした。
なぜ、“アドバイス”をしたあとに、トラブルが起きてしまうのか?
そもそも、親の「働きかけ」どおりに子どもが行動してくれれば、「言葉がけ」を発したあとに、親がストレスを感じることはないと思います。
親が困ってしまうのは、親の「言葉がけ」どおりに、子どもが行動してくれないときでしょう。
人は誰でも、自分の言ったとおりに相手が行動してくれないと、ムッとした気持ちになるものです。
ここに先ほど確認した「言葉がけ」を発する親の「判別の“自覚”の欠如」が加わると、親の側に起きるイライラや怒りの感情は、さらに大きくなるのも当然です。
このことを、「傘を持って行ったほうがいいよ」のケースに当てはめて、考えてみましょう。
「雨が降るといけないので、今日は傘を持って行ったほうがいいよ」という「言葉がけ」が、「“助言・忠告”の言葉がけ」であると、親が自覚しないままに子どもに「言葉がけ」をしてしまった場合:

「なぜ、言ったとおりに子どもが素直に行動しないんだ」という怒りの気持ちが、湧き上がってきてしまう。
しかしながら、親がすこし冷静になって、次のように考えられたらどうなるでしょうか:

もともと「傘を持って行ったほうがいいよ」という「言葉がけ」を、自分は「助言・忠告」として子どもに発していたのだから、実際に傘を持って行くかどうかを決める「行動の“決定権”」は、親にあるのではなくて子どもにあるのだった。
このような気づきが親にあれば、子どもが親に対して「傘を持って行かないよ!」と言い返してきたとしても、そして、実際に傘を持って行かなかったとしても、「言葉がけ」を発した親は、子どもの意思決定を認めなければならないはずです。
「助言・忠告」のはずが「指示・命令」になってしまう!?
子どもからの発言が、親の意に反するものであると、親の中には、すぐに感情が高ぶってしまう方もいらっしゃいます。
子どもから「傘なんか持って行かない!」という発言を聞いた親の中には:

「どうして傘を持って行かないんだ!」
「雨に濡れて、風邪でも引いたらどうするんだ!」
などという発言を、実際に子どもに向けてしまいがちです。
こうなると、親は自分の言ったとおりに子どもを行動させようとしているわけですから、最初は「傘を持って行ったほうがいいよ」という「言葉がけ」を、「“助言・忠告”の言葉がけ」として発していたのにもかかわらず、子どもからの発言を聞いたあとは「“指示・命令”の言葉がけ」として、親が自分の発した「言葉がけ」を変えて捉えていることが分かります。
このように、親が最初は「“助言・忠告”の言葉がけ」として捉えていた「言葉がけ」を、子どもとのやり取りの中で「“指示・命令”の言葉がけ」と変えて捉えていることが、「コミュニケーションの“ずれ”」によるトラブル発生の「原因」と言えます。
このケースでは、「ずれ」を「言葉がけ」を発した親自身が起こしていたことになります。
まとめ。
他人に対して働きかける「言葉がけ」の問題が、「“指示・命令”の言葉がけ」と「“助言・忠告”の言葉がけ」との「混同」にあると、最初に申し上げました。
このような「混同」が、「“助言・忠告”の言葉がけ」を発する人の側に起きがちであることを、今回の事例から理解して頂けると、ありがたいです。
日常生活場面での「アドバイス」にまつわる対人関係上のトラブルも、この事例が参考になると思います。

自分が友人や後輩のことを思って「アドバイス」してあげたのに、そのとおりに友人や後輩が行動してくれなかったときは、ムッとしたりイライラしたりがっかりしたりするものです。
しかし、「アドバイス」をする側の人が、「自分は今、この人に対して“アドバイス”をしてあげたんだ」ということを、しっかりと自覚していれば、その相手の人が自分の言ったとおりに行動してくれなかったとしても、それほどストレスを感じなくて済むのではないでしょうか。
「コミュニケーションの“ずれ”」が、「言葉がけ」を発する側の人に起きがちであるということを、まずはしっかりと認識して頂きたく思います。
そうすることで、対人関係場面での相手の行動によって引き起こされるこちら側のストレスは、かなりの程度、減少するのではないかと思うのです。
多少なりとも参考なれば、幸いです。
