苦い体験や悲惨な出来事に出会うと、夜になって寝ようと思っても、そのことを思い出してしまって、よく眠れないことがあります。
そんな夜を過ごした朝は、目覚めたときに全身がだるかったり痛かったりして、布団から起き上がるのもつらいものです。
このような「朝の身体の疲れ」が起きる原因と対処方法を、考えてみました。

また、具体的な対処方法として、相談室でクライエントさんに試してもらているものの中から、今回は「“抱き枕”法」をご紹介致しました。
ご参考になればと思います。
はじめに。
毎朝、目を覚ましたときの、身体や心の状態は、どのようなものでしょうか。
ぐっすりと眠れて、身体も心も解放されて楽になり、気力や体力を取り戻した状態で、すっきりと目覚められたとしたら、こんなに素敵なことはありません。

しかし相談室にやってくるクライエントさんの中には、特に寝違えたわけでもないのに、首のあたりに痛みを感じるとか、肩こり症でもないのに、肩がひどく凝ってしまっているとかと訴える方もいらっしゃいます。
毎晩十分に睡眠時間を取っているのに、いつになっても身体の疲れが取れないとおっしゃる方もおられます。
とりわけ、心に傷を負うようなトラウマ体験やパワハラ被害を受けてしまった方の中には、「気持ちが晴れない」とか「気分が沈む」などと言った、心理的な不調を訴えるばかりではなく、「全身が硬くこわばっている」とか「身体がだるくて仕方がない」などと言った、身体的な不調を訴える方も多くいらっしゃいます。
このようなクライエントさんに試してもらっている対処方法が、これからご紹介する「“抱き枕”法」と言う方法です。

誰でもできるとても簡単な方法ですから、メンタル不調やトラウマ体験の方ばかりではなく、特に思い当たるような悲惨な体験をしていないのに、朝布団から起きるとき身体が痛かったり、重かったり、こわばったりと言った不調を感じられている方にも、参考になると思います。
とても簡単な方法ですから、一度試してみて下さい。
朝目覚めたときに、少しでも身体が楽になっていたとすれば、臨床心理カウンセラーとしてとても嬉しく思います。
朝起きたときに、身体が痛い人は…。
つらい出来事や悲惨な体験を経験すると、気持ちは沈んで小さくなってしまいます。
しかし、沈んで小さくなってしまうのは、気持ちばかりではありません。

トラウマティックな体験は、確かに「気持ち」に大きな影響を与えます。しかしこの「気持ち」が「身体」にも影響を与えるため、「身体」も「気持ち」と同じように縮んで小さくなってしまいます。
肩を落とたり腕を抱え込んだりと言った「前かがみに縮み込んだ姿勢」を、トラウマティックな体験を受けた人が取りがちなのは、このような「現象」が起きているからなのです。

気分が沈んでいると、どうしても上半身を猫背にして、両腕を抱え込み、両肩を丸め込んだ姿勢を取りがちです。
メンタルコンディションを壊して「抑うつ状態」にある人が、この「前かがみに縮み込んだ姿勢」を取るのも、同じような理由によります。

本来このような「姿勢」は、外部から襲ってくる「危険」から身を守るための「守りの体勢」です。
襲ってくる「危険」が物理的なものであれ、心理的なものであれ、その「危険」から自分自身を守るために、身体はこのような「体勢」を自然に取るのです。
この「体勢」は、身体全体を縮めて小さくしなければならないため、どうしても腕や肩の筋肉に力を入れてしまいます。
無意識のうちに、全身が緊張状態になっているのです。

このような「体勢」が長く続くと、息を十分に吸い込めないため、呼吸がどうしても浅くなりがちです。
このときの呼吸は、「腹式呼吸」ではなく「胸式呼吸」になりやすく、自律神経が乱れて「交感神経」が優位となります。
その結果、身体の緊張興奮状態が高まり、ますますリラックスできなくなるのです。
このような身体を縮め込もうとする「体勢」は、夜になって床に就いたときの「横になった寝姿」に、むしろ顕著に表れるかもしれません。
別に寒いわけでもないのに、横になって寝るときに、布団の中で身体を縮め込んで、小さく丸くなろうとしてしまいます。
特に、両腕を抱え込んで、肩を丸くして内側に縮こまった「体勢」を取りがちです。

あるいは、両腕を股の間に挟んで、身体を折り曲げた「体勢」で寝ようとすることもあります。

「つらい体験や悲惨な出来事に出会った」ということは、物理的であれ心理的であれ「何らかの“危険”から身を守った“体験”があった」ということを意味します。
その「危険な体験」が、その後もずっと「記憶」の底に残ってしまうことがあります。
すると、その後、何らかの理由でこの「危険な体験の“記憶”」が蘇ったときに、実際にその場には何の「危険」もないのにもかかわらず、「危険な体験」に出会って身を守ったときと同じ「体勢」を、身体が無意識のうちに取ってしまうのです。
もしも気づかないうちにこのような体勢を毎晩取っているとしたら、あなたの中で忘れていた「過去の嫌な体験」が、寝ているときに思い出されているのかもしれません。
しかも、このような「身を守る体勢」を、夜寝ている間じゅう、床の中でずっと取り続けている場合もあります。
このような「現象」が、睡眠中に無意識のうちに起きていたとしたら、いくら睡眠時間を取ったとしても、朝起きたときに全く疲れが取れていないと感じられるのも、決して不思議なことではありません。

ここまでをまとめておましょう。過去の「危険な体験の“記憶”」を無意識に思い出してしまうことで、身体が自然に反応して「守りの体勢」を取らせてしまうことがあります。
この「守りの体勢」を、無意識のうちに睡眠中に取ってしまっているために、朝起きたとき、全身の疲れや痛みやだるさとなって、身体に現れてしまうことがあるのです。
【実験】:両腕で「クッション」を抱えてみると…。
ここまでお話ししてきましたように、私たちは何か危険が迫ると、反射的に身体を守ろうとします。
特に、危険に「背」を向けて、危険から自分の「お腹」を守ろうとするものです。
そのため、先程から述べている肩を丸めて、脇を締めて、腕を胸の前で組んで、前かがみになろうとする「体勢」を取るのです。

ここで、ちょっとした「実験」をやってみましょう。簡単な実験ですから、ぜひやってみて下さい。
- 「クッション」でも「枕」でもよいので、何か胸のところで抱えられる「もの」を用意しておいて下さい。
- この「クッション」のようなものは、ちょっと脇に置いておいて下さい。
- いよいよ、ここからが「実験」です。最初に、あなたがいつも座るように、椅子でもソファーでもよいので、そこに普通に座ってみて下さい。
- このときの、あなたの身体の状態に意識を向けて下さい。身体は今どんな感じですか。今のあなたが感じている「体感」を覚えておいて下さい。
- 次に、その座った姿勢のままで、先程用意しておいた「クッション」を、両腕の間に挟んでみて下さい。
- このときの、両肩や両腕の感じは今どのようなものでしょうか。身体全体に意識を向けて、今の「体感」を確認してみて下さい。

お疲れさまでした。「実験」はこれで終了です。
それでは、今やった「実験」を振り返ってみましょう。
「クッション」を抱いていないときと、「クッション」を抱えているときと、「二つの体勢」を取りました。
ここで、クッションを抱える「前」の体感を思い出してみて、クッションを抱えた「後」の体感と比べてみて下さい。
すると、どんなことに気づくでしょうか。
不思議なことに、クッションを抱えた「後」、そのクッションを抱えているときの方が、両腕に力が入っていないことや、肩のあたりが少し楽になったように感じることに、気づくのではないでしょうか。
さらに、実際にはクッションを抱えているのにもかかわらず、クッションを両腕で内側に押し込もうとは、していないことにも気づくと思います。
クッションがなかったときに、両腕を内側に向けて縮み込ませようとしていた「力」が弱まり、むしろ、両腕の間にあるそのクッションを、「力」を入れることなく、ただそのままそっと抱いていることに気づいて、驚かれるのではないでしょうか。
クッションを抱いているのにもかかわらず、両腕や両肩に力が入っていないのです。
クッションを抱えることで、「クッション」がまさに「緩衝材」の役割を果たし、身体はクッションを強く押し込もうとしてまで、両腕に力を入れて内側に押し込もうとはしなくなります。
この「現象」がなぜ起きるかと言うと、「クッションの横幅」よりも両腕を狭めようとしなくなるためです。

さらにこんな感じに気づいていませんか。「お腹」のところにあるクッションが、なんとなく自分の身を守ってくれるような感覚です。
抱えている「クッション」が、「危険」から身を守ってくれる「盾」のように感じられないでしょうか。
クッションを抱えることで、体温が逃げずに留まるため、実際にお腹のあたりが温かくなります。この温かさが、気持ちを落ち着けてくれたり穏やかにしてくれるのに、一役買ってくれているのでしょう。
いずれにせよ、「クッション」を抱えることで、危険から身体を守ってくれる感覚が強まります。その結果、「安心感」をもたらしてくれるのです。
すると面白いもので、それまで張り詰めていた全身の緊張が和らぎ、自然と肩の力も抜けて、身体全体が軽くなっているように感じられたりもします。

ところで、気持ちが落ち込んでいたり、不安な気持ちになってしまったときに、それを紛らせるために本を読んだりすることは、よくあることです。
このときに、本を手で持っているだけだと、両肩に力が入ったままで、力が抜けないことがあります。
このようなときに、やはり「クッション」を抱えてみると、同じように本を両手で持っているのにもかかわらず、不思議にも肩の力が抜けていることが分かります。
両腕の間に何か柔らかいものを挟んで、それを抱き抱えている体勢を取ることで、それまでの不安感や緊張感が、不思議と和らぐと言うことを、この「実験」を通して分かって頂けると有難いです。

トラウマ体験やパワハラ体験を受けたクライエントさんが、その後回復されて再び職場に復帰されるときに、「クッション」を持参して職場でも抱えて仕事をしてみることを勧めています。
実際、「“抱き枕”法」を紹介したクライエントさんから、「職場でキーボードを打つときも、お腹のところに“クッション”があると、焦らずに安心して仕事ができます」と言ってくださった方もいらっしゃいました。
「抱き枕」を抱えて寝てみよう。
トラウマティックな体験をした人は、その時のつらさや悲しさや悔しさや寂しさが、なかなか忘れられないものです。
むしろ、夜になって寝ようしたときに、余計にそのことが思い出され、不安感や恐怖感、あるいは怒りや興奮と言った「負の感情」が、一層強まってしまうのではないでしょうか。
そうすると、身体はそのよう「負の感情」から身を守ろうとして、すでにお話ししたように、身体を小さく縮め込めようとします。

このような「体勢」を身体が取ってしまうことを防ぐために、この「クッションの実験」を応用してみてはどうでしょうか。
結論を先に言えば、寝るときにも「枕」や「クッション」のようなものを抱えて横になると、「クッションの実験」でやったときと同じような効果が期待できるのです。
寝ている姿勢になったときでも、「クッション」があるために、両肩や両腕を内側に向けて縮め込もうとは、不思議としなくなります。

下半身にも力が入ってしまって、両腕だけでなく、両脚も縮め込んで寝ている人は、股の間にやはり、「クッション」のようなもの挟んで寝てみるとよいでしょう。

細長い「抱き枕」が市販されていますが、その代用品として、「毛布」を丸めて抱いて寝るのでも構いません。同じような効果が得られます。

ここで、「枕」や「クッション」を選ぶときのポイントをお話しします。
それは「クッション」の表面の手触りだったり、中身の硬さだったりを確認するということです。
自分に少しでもたくさんの「安心感」を与えてくれる「手触り」だったり「硬さ」だったりに注意して、抱くための「もの」を選びましょう。
同じ「抱く」と言う行為をしているだけなのに、素材に触れたときの「皮膚感覚」も、身体と心に「安心感」を与えてくれる上での、ても大切な「影響要因」なのです。
まとめましょう。安心感を与えてくれる「何か」を抱いて寝ることで、睡眠中に両肩や両腕を内側に向けて縮め込めようとする力が、軽減される傾向があります。

ところで、「何かを抱いて寝てみて下さい」とクライエントさんにお話しすると、「朝まで“抱き枕”を抱いていられるでしょうか?」と心配なされる方もいらっしゃいます。
しかし、この心配はご無用です。
抱いて寝た「抱き枕」が、夜中に目を覚ましたときに、どこかに行ってしまっていたら、その「抱き枕」を見つけて、再び寝入るときに、その「抱き枕」を抱いて眠りに就けばよいだけのことです。
トラウマティックな体験の直後にとった「体勢」を、再び取らないようにしよう。
トラウマティックな体験を受けてしまうと、体験したそのときの場面が記憶としてしっかりと残ってしまて、その後もその記憶がなかなか消えないために、苦しめられてしまという「現象」は、どういうことなのでしょうか。
眠りに就こうとしたときは特に、そのときの体験の記憶が「イメージ」として鮮明に思い出されて、このイメージが、その当時の自分の「気持ち」や「考え」までも蘇らせてしまうのです。
怖くなったり、苦しくなったり、不安になったり、悲しくなったり、腹立たしくなったりと言った様々な「気持ち」が沸き起こってくるのは、このような「現象」の一つです。
さらに、トラウマティックな体験した場面で自分が考えたことを肯定したり、否定したりして、自分一人で自分の中に沸き起こる様々な「考え」に翻弄されてしまうという「現象」も起きます。

しかしここにもうひとつ重要な「現象」があります。
それは、トラウマティックな体験をした場面で危険から身体を守るために取った「体勢」や、その体験後、睡眠をとろうとして横になったときの布団の中でとったときの「体勢」も、同時に記憶されてしまうと言う「現象」です。
これは、「体験場面や直後に、どんな“体勢”を自分の身体が取ったか」と言うことの「記憶」ですから、「身体記憶」と呼んだりもします。

トラウマティックな体験の後は、身体が「守りの体勢」を取りますから、身体を丸くして縮まる姿勢を取るものであると言うことも、既にお話ししたとおりです。
ところがここで「大きな問題」が起きてしまいます。
それは、この直後に取った「守りの体勢」が「身体記憶」となり、本来は役立つはずの「守りの体勢」を取るたびに、忘れたくて仕方のない「トラウマティックな体験の“記憶”」そのものを、呼び覚ましてしまうという困った問題です。
場合によっては、かつて体験した「トラウマティックな体験」のことなどすっかり忘れてしまってた人であっても、「トラウマティックな体験」を受けた直後に取った「守りの体勢」と偶然同じ体勢を取っただけで、これが「身体記憶」を呼び覚ますきっかけとなり、「トラウマティックな体験」にまつわる「一連の”記憶”」までも、鮮明によみがえらせてしまうこともあります。

この悪循環を断つためには、トラウマ体験直後に布団の中で無意識にとってしまった、かつての「守りの体勢」とは、「全く違う体勢」を取ることが、効果を発揮してくれることがあります。
このことは、うつで苦しんだ人にも当てはまります。この人たちも、当時苦しんでいた時に、無意識のうちに「身体を丸くして縮まる体勢」を取ってしまうものです。
このような人たちにとっての「身体記憶」を呼び覚まさないようにするためには、トラウマ体験直後やうつで苦しんでいたときに、無意識にとってしまっていた「守りの体勢」を、意識的に避けるように心がけることが大切なのです。
そのための解決方法の一つが、「トラウマ体験」を受けた直後や「うつの苦しみ」の中にいたときには、「取らなかった体勢」を、あえて取ってもらうことなのです。

今回お話しした「枕」や「クッション」を抱いて寝ると言う方法は、トラウマ体験直後やうつで苦しんでいたときには「取らなかったであろう“体勢”」の一つとして、「枕を抱いて寝る“体勢”」を提案してみました。
トラウマ体験を受けた方や、うつ病で苦しんだ方が、その後に何らかのきっかけで「身体記憶」が蘇ってしまうことを防ぐための「道具」として、今回は「枕」や「クッション」を使ってみたということなのです。
終わりに。
「朝の身体のだるさ」の原因が、すべてここでお話ししたような心理的なことで説明がつくものではありません。
身体の凝りや疲れが取れずに続くようであれば、医療的な支援を受けることは、まさに必要なことです。
しかし、そのような支援を受けたのに、医師から「特に異状なし」と診断され、その後も同じような症状が続くようであれば、今回お話しした「“抱き枕”法」を試してみるのはどうでしょうか。

トラウマティックな体験場面で取った「守りの体勢」をその後に取ることが、その場面で感じた「気持ち」や浮かんだ「考え」を、記憶の底から再び蘇らせてしまうこともあると言うことを、メンタルヘルスの知識の一つとして持っておいて頂けると、臨床心理カウンセラーとして、とても嬉しく思います。
